2018年2月3日(土)23日目

夢、父、母と限界集落へ村おこしか何かで視察、そこで地元の名士と話す。その後、火山が噴火する。逃げようとするところで目が覚める。

起床は、未決と同じ音楽で始まり、チャイムで点検であった。

昼食、メニューの読み上げがった。「今日の昼のメニューは、オムレツでぇーす。」、、、がっかりである。危惧していたことが現実となってしまった。付け合わせのポテトサラダもパサパサで味目ない。パンについていてるりんごジャムだけがよかった。だんだん甘シャリが美味しく感じてきたが、その感覚質は加速していくであろう。床に布団をひいて寝ていたら、パジャマに着替えないと布団に入ってはいけないと言われた。これもローカルルールだな。

夜、豚汁、食べてたら、孤独病が急に襲ってきた。どうしてもドアから外に出たい。一種の閉所恐怖症か。それとも拘禁病なのか。じっくり分析してみたい。こうゆうときに、佐藤優の獄中記を読むと、心が安らぐ。さすがバイブルだ。

気持ちを強くして、これ式のことで、へこたれている場合じゃない。

PM7:30 、孤独病が治る。なんだったのだろう。思うに、心の脱皮なのだと思う。シャバっ気とかそうゆうのがこうやって脱皮を繰り返して、脂が抜けた状態へと変化してゆくのだろう。正常な心の葛藤なのだ。この14m3の狭い空間の中で私の思想はどのように変化するか。ここで獄中記から一段落を引用したい。

P200[よく獄中体験は人の思想に影響を与えると言いますが(…)獄中体験により、思想は二局分解化するようです。(思考のパターン)
その1・ひどく内省的になり、これまでの自分を否定し、多くの場合宗教に帰依する。(ドストエフスキー、亀井勝一郎、など)
その2・意固地になり、自己を絶対化する(戦前の共産党の非転向者、現在の過激派、永山則夫など)
ただし、これらは死刑相当の罪で、一生ここから出れないくらいの重圧がないと、生まれてこないのでしょう。