2018年3月11日(日)59日目

今日で今週も終わりである。天気は快晴、いくつか夢を見たが、忘れてしまった。昨夜は、夜中に別の部屋で何度も扉を叩いて看守を呼び、「今何時ですか?」と聞く奴がいたせいで、何度も起こされた。おかげで久しぶりに寝不足である。33室のやつであることがわかった。「もう寝ます。」と言うために呼んでるらしい。この調子だと、1週間以内に懲罰を受けるであろう。昼間に注意されるほど寝てるから、夜に寝れないのだ。さて、週末ももう終わりだ。早い気がする。来週中には流石に呼ばれる気がするが、ここまで予想が外れているので当てにならない。それよりも本が届く方が可能性が高く感じる。どちらにせよ楽しみだ。

  • 本「死にたい夜にかぎって」爪切男 双葉社

冬季は朝からずっと布団を敷いてられるので、週末は気楽に過ごせる。「無知の涙」は予想通り強烈なインパクトがある。私も彼とほとんど変わらない環境にいる分、余計にそう思うのかもしれない。ただ、彼と私で決定的に違うのが、彼は死刑囚であり、私はせいぜい長くて3年でシャバに戻れる。この違いは大きいであろう。まだ半分くらいしか呼んでないが、彼の精神の成長レベルは驚くばかりだ。マルクス・ヘーゲル・サルトル等々、私よりも深く理解していると思う。同じ環境に置かれたものとして、学習意欲が湧いてくる。

ニーチェ「ツェラ」市場と名声を離れた片隅でこそ、全ての偉大なものは生ずるのだ。市場と名声を離れた片隅にこそ、昔から、新しい価値の発案者たちは住んでいた。

ニーチェ「ツェラトゥストラかく語りき」

犯罪者が表面的に大きく息を吸って生存するには、1つの道しかない。それは精神的に生きることである。精神的に犯罪者が生存するにはいわゆる根性というのがなければならない。良心の呵責にある程度勝利して、日常的な善意行動をすること-それを悟ると一般的に言われている。それには多少の知能と世の中(資本主義社会)の矛盾を克服し、犯罪者であることを隠さないで生きることである。

永山則夫「無知の涙」p240

本というのは素晴らしいものである。ニーチェは孤独を愛し、その体験によって、悟ったのである。私はこの体験によって、何を悟ることができるか。どうせなら今月いっぱいはこの孤独生活に身を置いて、英語と哲学の思索・学習を深めたいとさえ思うようになってきた。気温も上がり、快適になってきたのもある。もう寝る時間である。今日もあっという間だった。